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その他

親父と釣りと俺

 ←目の病気(親睦釣り大会) →燻銀釣友会団子釣り競技会August/2014
俺が釣りを始めたのは 小学校3年生のザリガニ釣りかな
その後 親父の大事な水槽で針に赤虫を着けて金魚釣り
親父はあきれて水槽を破壊

小学生5年生の時 親父と親父の友達と初めて釣りに行った
左官をしてた親父は福井県出身のタイル屋の聖(ヒジリ)さんと
福井県の小浜 仏谷へ良く釣りに出かけていた
そこに連れて行かれたのが 私の団子釣り(筏釣り)一歩だ

高速も無く京都から滋賀の今津を抜け 福井県小浜に
車には積みきれないほど道具が?
途中 スコップと舟とふるいを取り出し 山の斜面の赤土を掘り出し
赤土を篩にかけ 汗びっしょりになったことを鮮明に覚えています
アケミ貝を大量に購入しハンマーで潰し赤土に混ぜる
それが この時代 約40年前の団子です
この時代の親父らの団子釣りは2日間の釣りでした
良く利用したのが 福井県小浜市仏谷 大橋渡船だ
仕事を終え 1tトラックで夜中に出発 途中 赤土を掘り出し
エサを購入し 大阪から小浜まで約6時間 到着したときには
夜も明け
今から釣りをするのかなと思ったが 親父たちは大橋渡船(民宿)の部屋にて
爆睡し始めた 昼に目覚めると親父たちは海沿いや山の中をうろうろと
夕方 食事を済ませた俺は部屋でおやすみ 
親父たちは大橋渡船の船頭さんと小浜市内へ飲み会です
夜明け前に筏に上がり釣りをしたのが私の初めての筏釣りでした
その時 黒鯛は釣れなかったが30㎝くらいの真鯛を釣り上げたことを記憶してます

私の親父は免許証も無く車もありません
いつも重たい荷物を担ぎ電車で淡路島や明石に釣りに連れってくれました

中学生 高校生になると クラブ活動や友達付き合いが忙しく
親父と釣りへ行くことは無かったな

私が免許を取ると 親父が喜び小浜や和歌山の筏釣りに出かけましたが
やっぱり彼女ができると 親父と釣りに行くことが少なくなった
そんな時にできた彼女が結構な釣り好きで デートはいつも筏でした
親父と俺と彼女で良く大橋渡船へ釣りに出かけたものです

彼女の父親も釣りバカで話が合い 家族付き合いが始まったのも
親父が教えてくれた釣りのおかげです

結婚し子供が生まれ嫁はなかなか釣りへ出かけることができない中
俺は親父と筏へ 嫁の父と船釣へ 時には親父と嫁の父が釣りへ出かけたり

親父が63歳で脳梗塞で倒れ 親父と釣りへ行かなくなった
俺は友達と釣りへ出かけたが 釣果は親父には報告できなかった
親父も63歳で仕事もそろそろ引退かな 釣り三昧を夢見ていただろう
流石に筏釣りは無理だと思い 親父と俺の家族でアジ釣りに出かけることが多くなった
俺も親父を筏釣りに連れて行きたかったが 
何度も脳梗塞で入院をしている親父を連れて行くことはできなかった

4年半前に生死を分ける脳梗塞で入院し 奇跡的な回復をした親父だが
病院と施設の往復で年に一度お正月に家に帰ってくるそんな生活をしていた
俺は紀州釣りを覚えチヌを釣っても親父に釣果報告することがなかった
親父自身釣りへ出かけることのできる体ではないことは十分にわかっていたと思うが
好きな釣りの話をすることができない 親父の見舞いに行っても髭剃りをして帰ってくるのみ

昨年の暮れに親父がすごく弱っているように見えた
正月には親父は家へ帰れるのだろうか
2013年12月29日 52.0㎝の黒鯛を釣り上げた俺は
この黒鯛を親父に食べさせてやりたいと
今まで親父の前では釣りの話を封印した俺だが 
この正月に親父が帰ってこれるなら このチヌを
31日 親父が家に帰ることができ このチヌをしゃぶしゃぶにして
親父に食べさせることができたのだ
親父にこのチヌは俺が釣ってきたことを話し
親父は「うん うん」と頷き 美味しそうにおなか一杯食べてくれた
この時俺はもっと親父を筏へ連れて行けばよかったと後悔した

63歳で脳梗塞で倒れ 74歳から病院と施設を転々とした
奇跡的に命を取り留め 言語障害と右半身不随という爪痕を残した
今年の春 多臓器不全に似た症状で施設から病棟へ移され
誤嚥による肺炎を引き起こし危篤状態に
それが また奇跡か内臓の闇とも言える小腸にあった固着物が流れ
元気を取り戻したが その期間も短く

8月17日 00:25心肺停止 00:42死亡確認 享年79歳で
親父の人生の幕を下した

もっと親父に釣りの話をすればよかったと思う.
もっと親父と筏へ釣りに行けばよかったと思う
もっと男同士の話をすればよかったなと思う

棺に左官の命 鏝を飾り 愛用の筏竿を入れて19日最後のお別れとなりました
骨壺に入れる遺骨以外に別で遺骨をいただき 四十九日が過ぎると
仏谷の海へ散骨しに 親父と俺と嫁で良く釣りをした筏で黒鯛を釣ろうな

最後は安らかでした 痛がることもなく 息を引き取りました
事前に親父と母と俺と死期について話をしたから
親父も死期を感じていたから いろんな検査も断り
自然と死を迎えたのだろう思う

頑張ったな 親父 

燻銀釣友会の皆様にはご迷惑をお掛けしますが
四十九日が終わるまでは 釣りは当然で ブログの更新も
おやすみします


 









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~ Comment ~

これからも。 

今度、釣りに行くときは、お父さんを連れて行ってあげてください。
海を見て、釣りをしながら、心の中ででも、おとうさんとたくさんたくさん、お話して下さい。
おとうさんは、困難をいくつも越え、強い人だったのですね。
きっと、海や空や色んなものと共に、声を聞いてらっしゃいますよ。
これからも、たくさんたくさん釣りをして、よい釣果をおとうさんに報告してあげてください。
心よりご冥福をお祈りします。

NoTitle 

とどやんさんの釣りの原点はお父さんだったんですね。
ご冥福を、心からお祈りいたします。   

NoTitle 

  合掌。

NoTitle 

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
とどやんさんの釣りの歴史、釣りが繋げた家族の輪。人生にの中心に釣りがあり、だからこそ今なのですね。
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